2018年11月28日水曜日

2018年11月28日(水)

手紙を読んでくれるあなたへ

私には茨城県つくば市に4年生の男の子と年長組の女の子の孫がおり、毎年11月の連休には家族で遊びに来て、サツマイモを掘り、焼きイモづくりをしていましたが、今年は用事ができて来られないので、今日は一人でイモ掘りをしました。
畑には里イモ、ヤーコン、大根も赤・白・青等5種類、大・小のカブ、ホウレン草、キャベツ、白菜等がそろそろ収穫できる様になっており、春用のエンドウ、ソラ豆、玉ネギ、ニンニクも植えました。
私の集落には8世帯ありましたが、大震災で高台にある我家だけが残り、今は妻と二人で住んでいますので、野菜の多くは友達にやり、漁業をしている人達からは魚や海苔、カキ等をいただいたりで半自給自足的生活です。
果物も桃やリンゴ、すもも、プルーン、ブルーベリーやブラックベリー、今はユズが色づき、甘柿も食べられる様になったのですが、多くはカラスやハクビシンに取られてしまいます。
「まあ、しかたないか」ですね。
明日からも、また草刈り、草取りです。でも楽しい毎日を過ごしています。

【筆名:いなかっぺ大将 年齢:68歳 都道府県:宮城】

2018年11月21日水曜日

2018年11月21日(水)

こんにちは。そして多分、初めまして。あんなに暑かった夏が終わり、次の季節がやってきています。
わたしは今、アメリカにいますが、誰の元へ届くかわからない手紙をどうして書こうと思ったのか、考えています。
どうして「鮫ヶ浦水曜日郵便局」のウェブサイトを見つけたとき、当然のように手紙を書くことを決めていたのか。
多分ずっと、誰かに受け取ってほしい手紙が心の中にあったのだと思います。でもそれは、誰に宛てたらよいのかわからない手紙だし、現実には誰にも書けない手紙です。わたしが書きたかったことは、32年の人生で一度だけ出会った恋のことです。

25歳で出会って、3回目のデートで告白を受け取った帰り道は、多分浮かれていたのでしょう。2人でうっかり反対方向の特急電車に乗ってしまって大慌てをしました。それまで誰にも言えなかったことや共有できなかった人生の出来事、気持ちをその人とシェアしました。どこへ出かけても、どれだけ一緒にいても楽しくて、ホッとしていられる一番の友人でもありました。こんな人がいたなんて。出会えたなんて。それまで1人だった時間に彼がいて、彼が1人だった時間に私がいる、彼とわたし“2人”でいることの幸せに救われました。

だけど、どこかで微かに気づいていました。彼の名前がいつまでも口に馴染まないこと。心の底から悲しいことは打ち明けられないこと。2人の将来を相談しながらも、大学院留学への憧れが膨らんでいたこと。わたしがもっとがんばれたら良かったのかもしれません。5年が経つうちに、その微かなことがどんどん確かになって、わたしは深呼吸ができなくなっていました。予感が現実になる少し前に、髪を30cm切りました。肩が軽くなって、心が、自分を好きでいたい、と鳴りました。

帰り道、わたしは自分を選ぶ自分を受け入れたのかもしれません。
その時わたしは30歳。彼は言いました。「何歳だと思っているの。」
母は泣いて、父は言いました。「またいい人に会えるといいね。」

出会わないだろう、と思いました。わたしは、彼との“2人”を手放したのです。それでも、やっと息を深く吸い込めて、“あぁ、良かった。”と思いました。同時に、この先の“1人”を考えると胸が疼くのは、彼がかけがえのない時間をくれていたことの何よりの証拠です。ありがとう、は伝えたけれど、2年経ったいま、やっぱりもう一度、ありがとう、を言いたいのです。

あの頃に戻りたいとは思いません。だけど、素敵な時間をありがとう。お元気で。お幸せに。わたしのことをすっかり忘れてくれていますように。

読んでくださっているあなたがどうか、1人ぼっちではありませんように。もしも、1人ぼっちでも、わたしが幸せなように、どうかあなたも幸せでありますように。願いを込めます。
受け取って下さって、ありがとう。

【筆名:まよなか 年齢:32歳 都道府県:アメリカ】

2018年11月14日水曜日

2018年11月14日(水)

今朝はとても清々しく、幸せな気持ちで起きました。
昨日は、私の47歳の誕生日。
この歳になると、誕生日だからといって胸が高まるわけでもなく、普通の日と何ら変わらないわけで。
それが、ふいに、他県の大学に通っている長男が帰って来るというので駅まで迎えに行くと、
「今日、誕生日だよね。」って花束が。えっ... んっ... おっ... あまりの驚きに言葉が出てこず(笑)
こんな粋な演出をする息子に成長したなんて。うーん、幸せ。幸せすぎる。
そんな嬉しい出来事があった夜。いつもより早く高校から帰って来た次男。
なになに、今日は早い、どうした...!?
「今日、誕生日でしょ。」と、少ないお小遣いの中からケーキを2つも。それも私の好みのものを。
普段は些細な事ですれ違う事もあるけど、ちゃんと考えてくれてるようで。
ふたりの息子から、ふいに幸せをもらって、単身赴任の主人からは、「週末、一緒に祝おうね。」と。幸せ。
誰かがこんな自分を気に掛けてくれる。幸せなこと。
今、幸せで穏やかな気持ちが胸いっぱいに広がっています。

幸せは伝染するらしいです。

受け取ったあなたにも幸せが届きますように。

【筆名:あおは 年齢:47歳 都道府県:宮城】

2018年11月7日水曜日

2018年11月7日(水)

この手紙を読んで下さっている見知らぬ誰か様へ。
こんにちは。今日は水曜日、朝4時、静まりかえり秋の虫の音だけが聴こえます。昨日は東日本大震災から7年半の日でした。そうなると息子は7年7ヶ月になるなあと思いました。
あの日、里帰りしている内陸にある家、1ヶ月になる息子と2人で過ごしていた時、地震が起きました。津波は来ないものの家にあるものがどんどん倒れてきました。コタツの下に息子と2人でもぐっていた時のことを今でも鮮明に思い出します。
地震が収まった数分後、地元のお友達のお母さんが車で助けに来てくれ、私の両親が仕事でもどれなくて不安だろうからと2日間位泊めてくれました。
あの時思ったのは人々の優しさでした。いとこの学生は息子のオムツの為何時間も薬局に並んでくれたり、授乳中だからと食糧が少ない中親せきがオムスビにぎってくれたり、人々の優しさと強さはすごいなとあの時感じました。
あの時1ヶ月のホヤホヤ赤ちゃんも今は2年生。とても頼もしいです。息子たちにも優しさと強さのある人になってもらいたいです。私もあの時みなさんからいただいた優しさを他の人へお返ししていきたいです。
そんな色々なことを思ったり、思い出す水曜日でした。
最近は朝晩すずしくなってきました。
読んで下さった方、お体に気をつけてお過ごし下さい。

【筆名:ミントグリーン 年齢:42歳 都道府県:宮城】

2018年10月31日水曜日

2018年10月31日(水)

この手紙を受け取った人にとって、9月5日はどんな水曜日だったでしょうか。
私にとっては、他の日とは違う、少し特別な一日でした。
会社の繁忙期が過ぎ、仕事も落ちついてきていたので、9月6日、7日は事前に有給休暇の申請をしていました。
そのためか、水曜日は仕事中も半分お休みモードで、「久しぶりの長い休みだから、どこか旅行でもしに行こうかな」などと呑気なことを考えながら仕事を終え、家路についたのでした。
そんな矢先、実家の母から「お父さんが倒れた」という連絡がありました。そんなことがそろそろあってもおかしくない年齢なので、青天のへきれきは言いすぎかもしれませんが、私にはそれくらいの衝撃でした。
「結婚」「介護」などの現実的な話題は、気楽な独身生活を続けているとまだ先のことのように思えて無意識に避けてきたのですが、急に現実感を帯びてきたような気がして、少し暗い気持ちになりました。
でも、今までを振り返ってみると、成人して以降は両親との交流もあまりなく、自分中心の生活をしてきて親孝行の一つもしていないことに気がつきました。これは神様が私にくれた(ひょっとすると最後の)親孝行のチャンスなんだと前向きに捉え、とりあえず実家に顔を出して、今後のことも含めいろいろ話したいと思いました。
そして、父の体調が良くなったら、一緒に家族旅行に行くというのも悪くないかなと思いました。
長くなりましたが、私にとって9月5日はそんな水曜日でした。

【筆名:みや 年齢:28歳 都道府県:愛知】

2018年10月24日水曜日

2018年10月24日(水)

誰かさんへ

私は小さな田舎町に住む20歳です。来年の1月に成人式があります。
本当に田舎なので、私の住む地区の小学校は全校でも80人いません。
私の学年は15人でした。たったこれだけの人数なので6年間同じクラスです。
中学もみんな同じでした。たとえ嫌でも最低9年間は同じ場所で共に成長してきた15人。
その中でも1人だけ、幼稚園に入る前からの付き合いの人がいました。S君です。
S君と私は互いに3つ上の兄がいて、兄同士とても仲が良かったので妹・弟は兄達について行って一緒に遊んだりしました。特別仲が良かったわけではありませんが、10年以上の付き合いでした。
中学を卒業してからは全く関わりが無くなりましたが、ゲームが好きなS君は変わらずゲームをやっていて、優しく穏やかな性格だから友達と仲良く過ごしているのだろう、そう思っていました。

先日そのS君が亡くなりました。
お通夜に参列し、眠っているようなS君を見てもまだ信じられません。
小さい頃の記憶がどんどん頭に浮かんできます。人が亡くなることがこんなにも悲しいことなのか、気持ちの整理がまだつきません。
川での不慮の事故でした。もう誰にも川遊びなんてしないでほしい。成人式でみんなとあえることを何の疑いもなく思っていたのに。
S君はなぜこんなに私が悲しんでいるのか疑問に思っているかもしれません。特別な付き合いがなくても、私が一番長い付き合いだからね。いつ、どんな理由で一生会えなくなるか分からないことを身をもって感じました。

これを読むあなたは何歳ですか?たとえ何歳であっても友達にたくさん会ってください。会わなかった後悔はしても、会った後悔はないはずです。
人は生まれたからには死ぬことだけは保証されています。いついなくなるかなんて、誰にも分かりません。今のうちにたくさんの人と会って過去を懐かしんでください。別れる時、思い出がたくさんあると辛いですが、会わないでいたことよりはマシです。絶対に会ってくださいね。
同級生のために喪服なんて着たくなかったな。

悲しい話でごめんなさい。
これからは前を向きます。

【筆名:にしき。 年齢:20歳 都道府県:埼玉】

2018年10月17日水曜日

2018年10月17日(水)

今日も暑い日でした。この手紙を読んで下さっている「アナタ」。どんなお方なんでしょうか。
お身体は大丈夫ですか?今日はどんな一日だったのでしょう。
私はいわゆる南国とも言われる土地に住んでいます。離婚して、去年この地の実家に帰って来て母親と2人暮らしています。
と言っても私は人生のほとんどをこの家で過ごしてきたので、結果、結婚は短い「ホームステイ」のようなものに終わってしまいましたが。
今日も暑い日でした。毎日くたくたになって仕事から家に帰ります。いつもは真っすぐに帰宅するけれど今日はアフター5にチェロの演奏を聴きに行ってきました。
疲れたなぁ... チケット取るんじゃなかった... 等と思っていたのに、演奏が始まるとこのぜいたくで素敵なひとときに感動していました。何も考えず、日常の悩み、立場、現実何もかも忘れてチェロの音色だけに心かたむける...
クラシックにも精通していないけれどこういう時間を過ごせるって大事ですね。また何か演奏を聴きにいってみたいなと思いながら今日はそのまま帰宅しました。
この手紙が初めての第一通目になるので、まだよく勝手がわかっていません。一生懸命考えながら書いています。
見ず知らずのアナタ。会うこともないかもしれないアナタ。私の一日を読んで下さってありがとうございます。
私の住んでいるのは森に囲まれた田舎なので、今の時期は日暮れ前になるとヒグラシがうるさい程に鳴いています。夏がもう終わっていくような、何だか寂しい気持ちにさせられます。これからが夏本番なのにね。そして夜になると虫とカエルの鳴き声。
実をいうとちょっと淋しいんです。しあわせなハズなのに自分が何を求めているのか実は子供の頃から30才になった今でもずっと分からない。これからも「分からない」まま生きてゆくのかな... と考えると恐ろしい程。
「アナタ」はしあわせですか?愛する人はいますか?笑って過ごしていますか?
... さて明日はまたお仕事。疲れるけれど明るい未来のため(!)がんばります ◠‿◠
「アナタ」もお身体に気をつけて楽しい日々を過ごして下さいね。

マイ・ファースト・レター どうもありがとうございました。

【筆名:せん 年齢:30歳 都道府県:鹿児島】

2018年10月10日水曜日

2018年10月10日(水)

これは、名字が変わって初めて書く手紙です。
今日は2週間前に検査した胸のしこりの検査結果を聞きに病院へ行きました。
知り合いの女性が、ご自身のがんの体験を話して下さったのがきっかけで、放置していた会社の検診の「再検査」に行ったところ、さらに細胞をとって検査することになったのです。
結果は良性。ホッとしました。
病院で待つ間、自分のためではなく、夫となってくれたその人のために病気になりたくない、と思いました。

午後から出勤して、帰りは40分バスに揺られます。その間、
「今バスに乗ったよ」
「ボディソープ買って帰るね」
「小さいほうのゴミ袋もお願い」
日常のメールのやりとりをし、今晩のごはんは何にしようか、と考えていました。
3ヶ月前から一緒に暮らし始めてからの日課です。
料理がそれほど得意でもない私には悩ましい日課ですが、今日はいつにも増して幸せなことだと感じながら帰ってきました。

日常が幸せと感じられることこそ本当に幸せだと思います。でもすぐに忘れてしまうのが人間... 忘れないように、心に刻むようにこの手紙を書いています。
この手紙を受けとって下さったあなたは今幸せですか?

幸せでいらっしゃることを願ってペンを置きます。

【筆名:ロード 年齢:42歳 都道府県:愛知】

2018年10月3日水曜日

2018年10月3日(水)

私の仕事は路線バスの運転手です。
勤務は曜日に関係なく5勤1体制で今日の水曜日は勤務日でした。
東日本大震災から今日で7年と4か月・・・私は毎月11日、震災を振り返って追悼の日と決めています。

地震発生時はJR辻堂駅に着車し慶応大学行の乗客を乗せていました。
発車1分前になりエンジンを掛けた直後にバスがゆれ始めました。
最初は風でゆれているのかと思いましたが、次第にゆれが激しくなり、周囲のビルから多くの人が路上に飛び出す光景を見て地震だと気づきました。それから約一週間は首都圏の鉄道が殆ど不通で、人々はバスに殺到しました。
夜は計画停電で信号も止まり真っ暗闇・・・昼は一般車のGS給油待ち渋滞で通常3〜4分で通過する区間が3時間以上かかることも常で運転も一苦労でした。

実は、鮫ヶ浦水曜日郵便局がある宮戸島は父の実家があったところです。その集落は大津波で壊滅しました。
宮戸島の住民は殆どが事前に避難して無事でしたが、本土(野蒜地区)や石巻市内に通勤していた親族が犠牲になりました。
しかし、多くの人々が頼りにしているバスの運転手なので仕事を休むわけにもいかず、家屋が無事だった親族の所に父を待機させ、休日前日の勤務終了後に横浜から車で駆けつけ、父と一緒に遺体安置所で不明の親族を探し続けました。

7年経って、被災した親族も私の気持ちもやっと少しは落ち着きました。
壊滅した集落は整地され作業用倉庫が立ち並び、住居は高台に移転しました。
今春の墓参の際にはトンネルを通って鮫ヶ浦水曜日郵便局を見てきました。

バスのお客さんも普段どおりに戻っています。
平穏な日々が続くことを願いながら今日も安全運転に努めました。

【筆名:濱伝心 年齢:52歳 都道府県:神奈川】

2018年9月26日水曜日

2018年9月26日(水)

初めてお手紙を書きます。
近頃は蝉の合唱で目覚め、クーラーをつけたまま寝るのが苦手な私は、もわっとした部屋の中で少しばかりごろごろと過ごします。

明日は、今まで生きてきた中で一番好きだった人と4年ぶりに会います。

その人は大学の入学式で一目惚れをし、3年片想いし続け、4度振られた後、ようやく付き合えた人です。でも、今となっては本当に自分がばかばかしく思えてしまうような事の積み重ねでお別れしました。それから4年が経って、何となく連絡を取り合うようになり、会うことになりました。

明日の私はうまく話せるでしょうか。
今の私はあの頃の私と違って勝気な気持ちも忘れかけ、縮こまってばかりいます。ごはんだって全然食べられません。
何を話そうかと2、3日考えて思い浮かびませんでした。きっとこれは、背伸びをせず、そのままで向かって行けってことなんだと思います。

そんなことより、あの時直接言えなかった「ありがとう」や「ごめんなさい」を一番に伝えようと思いました。
私とその人は、もしかしたらもう会うことはないかもしれないし、伝えられる間にきちんと言葉にしなければと、この4年間でやっと気づいたのです。それが家族や友人や大切に想っている人、誰であったとしても。

明日の私は、どんな風に笑うのでしょうか。

【筆名:ましろ 年齢:26歳 都道府県:福岡】

2018年9月19日水曜日

2018年9月19日(水)

今日の天気は、くもり時々雨。気温は18℃です。
なんだかすごく水曜日っぽいですね。
水曜日の物語で、水曜日は「人にやさしくする日」と紹介された手紙を読み、私も中だるみしやすいからこそ水曜日は人にやさしくしようと。そう決めてから今日は初めての水曜日です。
「人にやさしくする日」第1日目の今日。
私は何をしたかというと、人にお茶をいれてあげた。ただそれだけです。当たり前のことですね。
私は障がいがあり、障がい者用の事務所で働いています。周りも色々な障がいのある方が見えます。
知的、発達、身体、精神、様々です。
そこの事務所で働き始めて半月程ですが、仲の良い方が出来ました。
その方は身体の障がいがあり車いすで生活しています。
その方をIさんとします。Iさんといつものように「おはよう」の挨拶を交わします。
その後、用意されたお茶をコップにいれて席につき、お喋りするのがいつもの流れです。
でも、今更なのですが気づいたのです。お茶とコップの位置が高くて取りにくそうなことに。
そして、今日は「人にやさしくする日」ですね? ◠‿◠
自分のお茶のついでにIさんのもいれました。(今まで気づかずスルーしてごめんなさい)
そしたら、ありがとうと言ってごく自然に時が流れました。私はそのことにすごくホッとしました。
人を思いやり、行動し、受け入れるのがごく自然なことに。
ちょっとした事だけれど、今日みたいなことが世界中に広まればどんなバリアがあっても暮らしやすい世の中になるんじゃないかな、と。人を思いやり、援助されたら受け入れる。それがごく自然な世界になるように、と。
些細な事からこんなに壮大なことを考えてしまった1日でした。

【筆名:まぁちゃん 年齢:23歳 都道府県:岐阜】

2018年9月12日水曜日

2018年9月12日(水)

この手紙を読んで下さる方へ

こんにちは。このステキなプロジェクトを通して出会える方、少しだけお付き合い下さい。
“水曜日”といえば、社会人2年目になる私にとって“ノー残業デー”という言葉が思い付きます。
あなたの水曜日は何か“○○デー”がありますか?
仕事も慣れたと思いきや、新しい事業も始めていかなくてはならず、結局バタバタとする日々を過ごしています。
私にとって今日の水曜日が“ノー残業デー”であると同時に、“思い出の日”であると信じたい、そう思います。
明日、大好きなおばから譲り受けた車を手放します。十数年頑張ってくれた軽自動車。田舎の坂道は馬力が足りずのろのろとのぼっていた車。おばは数年前に同居していた田舎を出て、関東に嫁ぎました。そんな相手がいるなんて全く知らなかったので、当時は驚いたけれど、何でもないようにしていて、でも本当は勇気を出して決断をしたのであろうその姿は、今でも覚えています。
そこで、大学生だった姉の元に行ったおばの車は、姉も社会人になり、関東に行くことになり、九州に残る私の元にやってきたのでした。
ペーパードライバーだった私は、隣に彼を乗せて運転の指導を受けながら、色んなところへ行きました。阿蘇、天草、実家の長崎、佐賀の彼の元へ...。
おばが通勤で使っていた頃から累計14万km以上。沢山の思い出が詰まった車。そろそろ安全性を考えて手放すことに決めたけど、ギリギリまで側にいたいと思い、今日まで私の元においておきました。突然亡くなってしまったおばの形見であるこの車を手放すのはやはり寂しいけれど、亡くなる前におばが残してくれたように、私も文字にして思い出を、あの車が私と、姉と、家族と、友人たちと、そして何より大好きなおばとの時間を思い出させるものになることを信じて、今日は手紙を書きます。
さっき読み返したおばからの最後の手紙は、何回読んでも涙で少しずつ汚してしまう。めいである私と姉を「可愛かった。会えて嬉しかった」と言ってくれたこと。普段は多くを語らないおばがそう遺してくれたことが、何より嬉しかった。本当にありがとう。これからも変わらず、大好きです。
今日の水曜日は、私にとって少し寂しい、愛しい、思い出の日であると信じます。お付き合い頂き、ありがとうございました。


【筆名:ちあき 年齢:24歳 都道府県:熊本】

2018年9月5日水曜日

2018年9月5日(水)

昨年3人目の孫が誕生した。他の2人は小学生で北海道の北のほうに住んでいるので年に数回会う程度であるが今度は同じ市内に住んでいる。長男夫婦は共働きなので保育園の迎えに協力することになった。私も現在仕事をしているが比較的夕方の時間は自由が利くので快く引き受けた。保育園の送迎はそれこそ30数年前のことで懐かしい。だが長男の子なので緊張感もひとしおで責任感も同時に感じるものである。それに毎日孫と会ってるわけでもないし、まだ10ヶ月の男の子。慣らし保育直後で嫁が迎えのときまだ泣きじゃくっているというではないか。祖父の私が迎えのとき泣いていたらどうしようとか、真新しいチャイルドシートに載せて我が家まで約30分の道のり機嫌よく過ごせるか、さらに初めて保母さんに挨拶でさえなんだか恥ずかしい。不安になってくる。病院の事務長の私は昼ごろから迎えのシミュレーションばかり考えていた。

私は大学時代保育園のアルバイトをしていた。将来保父になろうということではなく子供が好きなだけなので、そして妻が保育士として働いていた影響もあり、だから3人の子供たちも産休明け後から保育園生活だったので慣れてはいるつもりなのだが63歳の私は息子夫婦の期待に答えられるだろうか?とプレッシャーもあるのだろう。

当日、迎えの日。保育園の玄関から保母さんの事務室に向かってなんだか緊張しながらも『俊太郎の祖父ですが迎えに来ました!』緊張してるのになぜか大声になってしまったことがかえってよかったのか促されて保育室に入った時はなんだか気持ちがすわっていたようだ。0歳児室の数人の子がほとんど泣いていたのだがその真ん中でやはり俊太郎が泣いていた。瞬間的に『あー、泣いてる!どうしよう!!』でも同時に俊太郎の視線を感じたのだ。まるで『ジーちゃん、助けてー!』と訴えてるような顔を見たとき『しゅーん!』と呼び抱っこした。涙目の俊太郎が少し安心したように笑ってくれた。その後チャイルドシートへ移すのだがその前に『たかーい、たかーいしたり、いないいないばー!』とあやしてから移した。誰も見てないとばかりにジーさんの大声と孫の笑い。しかし、運転席に戻ろうとしたら同じく迎えの若いお母さんから暖かな微笑みをいただいた。恥ずかしいと思うよりなんだか私も安心した。帰りはジーさんは大きな声で歌い続け、後部座席の孫が不安にならないように赤信号のときは手を差し伸べて孫が握り返すのを確認しながら、必死に歌い続けた。本当に必死に歌った。

帰宅して1時間後仕事を終えた妻『おばあさん』が帰ってきて『どうだった?』に私はなんのなんのと答えたもの、孫とのひとときは2人だけの秘密である。気がつけば私の足元にハイハイの孫が寄り添ってきて私を見上げている。なんてかわいいのか!保育園の迎えで得た孫との絆である。今日は水曜日の夕方。

【筆名:不明 年齢:63 都道府県:北海道】

2018年8月29日水曜日

2018年8月29日(水)

こんにちは。今、北海道行きのフェリーを待ちながら手紙を書いています。
私の水曜日は、宮崎から日本一周中、何気ない旅の途中の水曜日です。
今週5/2に宮城県の松島を訪問しました。
十年振り2度目の訪問で、今回はガイドさんもお願いし歴史を学びながらゆっくりと回ることができました。
そして午後からは東松島へ。地図で気になっていた漢字の館というところを探していたのですが、
残念ながら震災前に閉館してしまっていたようです。
この辺は、まだ工事中の長い道路が続き、目につくのは積み上がったカキの殻と流木ばかり...。
そんな中ぽつんと、キレイなお花が咲き揃い、小さく耕された畑があるお家がありました。
畑を耕していたのは、この周りの集落では奥さんと2人だけになってしまったというとっても優しそうなおじさんでした。
おじさんは、快いペースで色々な事を教えてくれました。
当時の話も、すごく穏やかに決して暗くならないようにして下さるお姿にとても尊敬できる方だと感じ、
ほんの少しの間でしたが、気持ちが温かくなり、ずっとお話していたいくらいでした。
何でも、この辺りの語りべさんで、東松島の本(分かりやすく歴史や云われを説明)を作った方で、
もう一つ、この水曜日郵便局の事も教えて下さいました。
きっと、今日が水曜日じゃなかったら、おじさんと出会ってなかったら、この手紙を書くことはなかったでしょう。
HPにも、皆さんのあたたかい水曜日に触れ、読みふけってしまいました。
この先ずっと水曜日には今日のことを思い出し、幸せな気持ちになるのでしょう。
帰りに、お庭の入口にキレイなお花が供えられたたくさんのお地蔵さんに手を合わせると、遠くから「ありがとう!」と声がとんで来ました。
素敵な出逢いをありがとうございました。

拙い文を読んで下さる方に感謝。
幸せな水曜日を過ごせますように。

【筆名:夢叶 年齢:29歳 都道府県:宮崎】

2018年8月22日水曜日

2018年8月22日(水)

これから勇気を出す皆さんへ

豪雨被害にあわれた西日本のみなさん、大変でしたね。少しは元気を取り戻しましたか。
私たちも7年前、東日本大震災にあいました。
その時のことを思い出し、皆様の今の状況を思うと胸が苦しくなります。

でも、あの時から7年が過ぎ、やっと元気で人生を楽しむことができるまでになりました。
どうぞ皆様も元気を出し頑張って下さい。
きっと希望をもって前に進むと乗り越えられると思いますよ。

お身体にはくれぐれもお気を付けて下さい。

【筆名:潮風のフーコ 年齢:73歳 都道府県:宮城】

2018年8月15日水曜日

2018年8月15日(水)

お元気でお過ごしでしょうか。
台風の接近で湿度の高い風のあるざわついた水曜日です。
私は庭の片隅に小さな畑を作っていて、トマトと枝豆を植えています。1週間程前からトマトの実が赤く色づき、毎日中玉の品種なのですが10コぐらいが採れる様になりました。冷やして、まずはおやつに丸かじりします。

日本が戦争に敗れた夏、私は小学4年生で学童疎開地。敗戦は先生から告げられました。
その前に我家は空襲で丸焼け。その焼跡地にバラック小屋を建てて、中国から引き揚げてきた親類一家と一緒に住んでいました。焼跡の庭地だった所は全て畑地にし、芋、とうもろこし、ナス、トマト、色々植えていて、トマトはいつも私達子供のおやつでした。
草いきれの暑い通学路を通って帰宅すると一番に井戸端で顔を洗いトマトをまるかじり。食糧難で赤く熟すまで木に置くと夜に盗まれる、祖母が早目に採った少し熟れかけたトマトが井戸に冷やしてありました。以来、おやつのトマトは丸かじりなんです。今の様に甘いトマトではなかったけれど〝美味しかった!!〟トマトをまるかじりする度に、焼跡の暑い通学路も思い出す敗戦後の日本の風景。私の思い出の風景です。

お暑さいよいよ本番です。気をつけてお過ごし下さいます様。

【筆名:ふじばかま 年齢:83歳 都道府県:神奈川】

2018年8月8日水曜日

2018年8月8日(水)

初めまして。私のお手紙を読んで下さるあなたへ。
このお手紙が私の知らない、会った事のない人に届くんだなと思うと不思議で、
どこかとてもドキドキしています。
そして知らない人とお手紙でつながる事ができるって、うれしいです。

私は一年もまだたたない日に、今住んでいる所へ引っ越してきました。
仕事の都合でもなく、好きな場所へ行きたいからでもなく、家庭の都合で引っ越しなんて、
その日の朝起きた時でさえもする予定なんてなくて。

父を家に残して、母と2人で本当に唐突に家を出なくてはいけなくなりました。
もちろん引っ越し先なんて決まってなくて、そこから家を決めるのがとても大変で。
自分の好きな物、大切なもの、思い出、すべて残したまま、ほとんど身だけで。
そして少し時間がたって、両親は離婚しました。

私は好きなものがたくさんあって、元居た実家にも大切なものがたくさんありました。
服も、趣味の物も全て置いてきてしまって、
手元には何もないことをとても悲しんでなげいたし、悔しくも思いました。
何度も何度も取り戻したいと思いました。
今自分の元には大切な物は何もないじゃないかって思ったから。
家族の形が変わってしまった事。
父はもう居ない事。
思い出のたくさんつまった実家にはもう2度と戻れない事。
大切な物全て、もう手元には無い事。
色々な事が積み重なってたくさん泣いてしまったけど、
たくさんたくさん考えて、一番大切なものはそばにあるじゃないかって気付きました。
残してきた大切な物とひきかえに出来ないくらい大切な人です。
でも、ずっとそばに居ると、当たり前になってきて、
本当に大切なものが、大切な人が、大切だと気付かなくなってしまったりします。
私だって、母は以前から大切だったけど、
大切な物を全て無くした時はその事をなげくばかりで
そばに居てくれている事の大切さにはなかなか気付きませんでした。
もう気付いている人ももちろん居ると思います。
でも、大切な人が側に居てくれているって、当たり前じゃないです。
とても大切で、有り難い事ですね。
今でも母とは仲よしですが、ささいな事でケンカも沢山します。
でも前より優しくしたくなりました。
でも不安な事はまだまだあります。
仕事でつまずいて、人間関係ってむつかしー!!って叫びながら生きてます(笑)
それでも、帰った家はあたたかいです。

あなたの帰ったお家も、あたたかさで包まれていますように。
読んで下さって、ありがとうございました!🐾



【筆名:雪まなつ 年齢:26歳 都道府県:長野】

2018年8月1日水曜日

2018年8月1日(水)

いかがお過ごしですか。
今日は、昨夜のワールドカップ対コロンビア戦勝利で、大盛り上がりですね。
サッカーにはあまり興味の無い私も、この時ばかりはテレビ観戦しています。
そして、ワールドカップの時期になると、その大会毎の私自身の思い出が甦ってきます。
私の思い出巡りにどうかおつき合い下さい。

最初に思い出すのは、2002年日韓大会です。一人娘は小学5年でした。
熊本にベルギーチームが宿泊していたので、学校給食にベルギー料理が登場しました。
レシピも配布され、試しに作ってみました。『ビール煮込み』だったと記憶しています。

次は、2006年ドイツ大会。娘は中学3年でした。
自宅では、病院嫌いな夫が病いにふせっていました。末期ガンでした。
滅入る気持ちをワールドカップの熱気で奮い立たせていました。
しかし、大会開催中に看病むなしく天国へ旅立ちました。

この後しばらくは辛いことばかり続き、ドイツ大会は今でも重苦しく悲しいイメージがあります。

2010年、南アフリカ大会。娘が大学生になり、私も娘も一人暮らしになりました。
南アフリカの楽器『ブブゼラ』の音が印象的でした。
八方塞がりの中に少しだけ光が見えた頃です。

2014年、ブラジル大会。娘は志望していた会社に就職。私は縁あって再婚しました。
現在、穏やかな日を送っています。

そして2018年、ロシア大会開催期間中に、娘が相手を連れて結婚の挨拶に来ます。
嬉しさと寂しさが交錯しています。

ピンチとチャンスが繰り返すサッカーゲームのような私の人生です。
これから先、どんなワールドカップが待っているのでしょうか。

さて、まだまだ続くロシア大会。素晴らしいプレーを楽しみたいと思います。
それでは、暑くなりますが元気にお過ごしくださいませ。

【筆名:ぴぃちゃん 年齢:56 都道府県:熊本】

2018年7月25日水曜日

2018年7月25日(水)

この手紙を読んで下さるあなたへ

どんな水曜日を過ごされましたか?いい一日でしたか?
私はいつも通りお客様をむかえ接客をしました。
風邪気味だったので午後の習い事はお休みしました。
好物のイチゴを2パック買いました。夫とけんかにならないように2パックです。夫は働いていません。
私は不妊治療をしています。6年前にがんになりました。
私は生きて夫と暮らせるだけでも幸せですが夫は子供をのぞんでいます。
人生に子供は必要でしょうか。
あなたに子供は居ますか?それともあなたはまだ子供でしょうか。
みんなが誰かの子供ですね。私も両親のことが大好きです。

あなたの水曜日がこれからも幸せな日々であることを祈ります。
今日はよく晴れた木曜の朝です。
夫に何も言わずゲストハウスの仕事を投げ出して、駅のマクドナルドでこの手紙を書いています。
涙が不意打ちのように落ちてきますが帽子をかぶっているので大丈夫です。
そろそろ帰ります。話を聞いてくれてありがとう。
答えは出ているのに言葉にしたくて手紙を書きました。
明日もきっと薬を飲みます。お母さんになれる日が来るのか、本当になりたいのか、よくわからないけど
あの無職の夫の妻では居続けたいのだと思います。
水曜日が楽しみですね。
良い一週間になりますように。

【筆名:不明 年齢:不明 都道府県:不明】